パブリックアートをともに手がけたアーティストの方々をご紹介します。
⽇本の伝統的絵画の様式を⽤い、油絵という技法を使って描かれる作⾵が特徴。都市⿃瞰図・合戦図などの絵画のみならず⽴体、漫画、インスタレーションなど表現⽅法は多岐にわたる。近年の個展に、12年「望郷TOKIORE(I)MIX」(銀座メゾンエルメス フォーラム、東京)、15年「⼭⼝晃展 前に下がる 下を仰ぐ」(⽔⼾芸術館現代美術ギャラリー、茨城)、18年「Resonating Surfaces」(大和日英基金ジャパンハウスギャラリー、ロンドン)、21年「山口晃 -ちこちこ小間ごと-」(ZENBI-鍵善良房-、京都)等。成⽥国際空港のパブリックアート、富⼠⼭世界遺産センターシンボル絵画を⼿がける⼀⽅、新聞⼩説や書籍の挿画・装画など幅広い制作活動を展開。19年のNHK⼤河ドラマ「いだてん 〜東京オリムピック噺〜」のオープニングタイトルバック画を担当する。東京2020パラリンピック公式アートポスターを制作。
躍動」を一貫したテーマに絵画作品を制作。代表作はサムライシリーズやスプリンターシリーズ。コマーシャルアートの分野では有名フィットネス誌表紙をはじめ、世界的スポーツブランドなどスポーツやアスリートに特化したビジュアルを作成、音楽フェスでのライブペインティング、参加者3 万人規模のマラソン大会公式ビジュアルなどを手がける。2010年に自身のアートブランドを立ち上げ作品の発表、販売を開始。2015年、大阪で開催されたアジア規模のアートフェアではイープラス賞を受賞し、エンターテインメント系現代絵師としての道を開拓中である
1990年、隔離タンクの中で瞑想する体験型の作品《タンキング・マシーン》でデビュー。「現代社会におけるサヴァイヴァル」をテーマに機械彫刻を制作。ユーモラスな形態に社会的メッセージを込めた作品群で、国内外で評価される。2011 年、東日本大震災後、希望のモニュメント《サン・チャイルド》を制作し、国内外で巡回。2017年、福を運ぶ旅の守り神《SHIP’S CAT》シリーズの制作を開始し、2021 年、大阪中之島美術館に《SHIP’S CAT (Muse)》が恒久設置される。創作の原点は幼少期に大阪万博会場が解体されていく現場「未来の廃墟」で遊んだこと。美術の起源や存在意義を問い、環境と相互作用をもたらす作品を制作している。第9期瀧冨士美術賞受賞者(1988年、現在の国際瀧冨士美術賞)。
1868年、常陸国水戸(現在の茨城県水戸市)に生まれる。1889年、東京美術学校に第1期生として入学し岡倉天心の薫陶を受ける。1898年、天心とともに日本美術院創設に参画する。明治、大正、昭和にわたり新しい日本画の創造につとめ、近代日本画に革新をもたらした。1937年、文化勲章受章。1958年逝去。
1973年、石川県石川郡野々市町(現・野々市市)生まれ。金沢美術工芸大学商業デザイン専攻を中退。1996年にスタジオジブリに入社し『もののけ姫』(97年)、『ホーホケキョとなりの山田くん』(99年)では動画、『千と千尋の神隠し』(01年)で初めて原画を担当。その後、ギブリーズepisode2』(02年)、『ハウルの動く城』(04年)、『崖の上のポニョ』(08年)で原画を、『ゲド戦記』(06年)では作画監督補を務めた。また、三鷹の森ジブリ美術館オリジナル短編作品『めいとこねこバス』(02年)では演出アニメーターを担当したほか、企画展示用映像『空想の空とぶ機械達』(02年)の作画監督、常設展示フィルムぐるぐる上映作品『進化論』(08年)の絵コンテ・演出など、展示用作品も手がけている。2010年に公開した『借りぐらしのアリエッティ』では初監督に抜擢。その年の邦画NO.1となる、観客動員765万人・興行収入92.5億円を記録。2作品目の『思い出のマーニー』は第88回米国アカデミー賞長編アニメーション映画部門にノミネートされた。2017年夏に公開された「メアリと魔女の花」はジブリ退社後にスタジオポノックで制作した第一回長編作品となる。