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    ― ルイ・フランセンとパブリックアート―
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クレアーレ熱海ゆがわら工房の原点
― ルイ・フランセンとパブリックアート―

ベルギー人のルイ・フランセン氏(1928~2010年)がカトリック神父で来日したのは1957年です。
最初は姫路、長崎の教会に勤めましたが、ステンドグラス作家でもあったからでしょう、日本の陶芸にも魅せられ、休日には地元の陶磁器の工房に通って製作に励みました。

ルイ・フランセン氏

株式会社NKBの現会長の滝久雄氏と知り合ったのは、東京・松原教会で神父をしていた1970年代半ばです。深夜、アート原画の依頼のために教会宿舎を訪れた滝氏は、ドアでないところを強引に開けようとして本棚が倒れ、寝ていたルイさんは飛び起きました。
この出会いを機に二人は意気投合し、滝氏の「一緒にパブリックアートを広めて行こう」との誘いに、ルイさんは教会を脱会することを決めました。

ルイ・フランセンと滝久雄

なまじっかの決断ではなかったと思いますが、この決断をした夜、ルイさんは多摩川の土手に寝ころび、星空を眺めます。「何もないが自由で、力が湧き、これからの可能性を感じ、とても幸せな気持ちでした」と振り返っています。

ルイ・フランセン氏
ルイ・フランセン氏

来日後、ルイさんは大学の通信教育などで東洋哲学を学び、「西洋の宗教や文化が絶対的なものではなく、世界の多様な文化の一つに過ぎない」ことに気づきます。
工房で若手スタッフを教育しながら、いまに残るさまざまな名言を口にしています。「すべて自分が考えたように完成させることは意味がない」「釉薬は濁りがあった方が面白い。原画に合わせて再現しないで」「自然に出てくる味を大事にしてください」――ここには西洋の合理主義を排した東洋思想の精神が息づいています。

ルイ・フランセンを囲んで談笑する職人たち

ルイさんは1990年に日本に帰化。工房の所長をしながら東京藝大や沖縄県立芸大などで講師として教鞭をとりました。また公益財団法人日本交通文化協会が主宰する国際瀧冨士美術賞の審査員も創設(1980年)から亡くなる前年の2009年まで続けました。
自身が製作したパブリックアートを各地に残し、さまざまな教えを工房スタッフや若いアーティストに遺しました。

作家プロフィール

ルイ・フランセン

ルイ・フランセン

FRANSEN Louis

パブリックアート作家

1928年ベルギー・アントワープ生まれ。メキシコ各地を歴訪後日本を拠点とし、東京藝術大学、沖縄芸術大学で教鞭をとるとともに、パブリックアート(壁画、ステンドグラスなど)の制作活動を精力的に展開。独特の造形ニュアンスと洗練された色彩感覚による作品においては、身近なモチーフでさえも意外で新鮮な印象を受ける。また、他作家による原画を壁画などに「翻訳」する、パブリックアートの造形・制作スペシャリストとしても数多くの実績を残した。2010年 永眠。

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